108. スペイン語のことわざ・名言・言い回し22選(メキシコ版)

目安時間:約 21分

ここではメキシコで聞かれるスペイン語のことわざ・名言・言い回しを22ほどご紹介いたします。意味を説明しますので、文の作り方や語彙を増やすなど、言い回しの楽しさを見るだけでなく、勉強の材料としても活用してもらえるとうれしいです!

 

 

 

 

スペイン語のことわざ・名言

El buen juez por su casa empieza.

直訳:良い裁判官は自分の家あたりから始める。

El buen juez empieza por su casa. とした方がわかりやすくなりますね。

「buen」は「bueno(良い)」の「o」が、男性名詞「juez(裁判官)」の前ではずれています。

 

人にあれをしろ、これをしろ、と言う人に限って、自分自身ができていなかったりします。

人にいろいろ指図する前に自分のことをちゃんとしろ、という意味ですね。

 

日本のことわざだったら、「目くそ鼻くそを笑う」とか、「人の一寸我が一尺」かな。

「人のふり見て我がふり直せ」かな。

 

 

El que a buen árbol se arrima, buena sombra le cobija.

直訳:良い木に寄り掛かる人は、良い木陰に覆われる。

これも、El que se arrima a buen árbol, buena sombra le cobija.と置き換えるとわかりやすいと思います。

良い人と付き合えば、良い影響を受ける、という意味です。

 

 

Agua que no has de beber, déjala correr.

直訳:飲むべきでない水は流れるままにしておけ。

「has de 動詞の原形」で「君は~をするべき」という意味です。「déjala」は「それ(水)をそのままにしておけ」という命令形です。

 

自分に関係のないことには関与するな、という意味です。

 

 

De lo perdido, lo que aparezca.

直訳:無くなったと思ってたものが出てきたのならそれで良しとしなきゃ

これは不完全な文ですが、完全な文にするとすれば、「Si ya lo habías perdido, lo que aparezca es la ganancia」という感じになります。

 

出てきたものが完璧ではなかったとしても、それで満足するべきじゃない?ないよりはましなのだから、という意味です。

 

 

Tiene cola que le pisen.

直訳:踏んづけられるしっぽがある。

 

誰かが、バレたら困る秘密を持っている、という時に使います。

 

 

Las paredes oyen.

直訳:壁は聞く。

 

日本のことわざの「壁に耳あり障子に目あり」と同じですね。「人に聞かれるかもしれないから要注意」という意味です。

 

 

Dime con quién andas y te diré quién eres.

直訳:君が誰と付き合ってるか言ってくれたら、君が誰かを言ってあげるよ。

「Dime」は「私に言って」という意味の命令形です。「te diré」は「私は君に言うでしょう」という未来形です。

 

日本のことわざで、「牛は牛連れ、馬は馬連れ」や「類は友を呼ぶ」と同じですね。

 

 

 

Mucho ayuda el que no estorba.

直訳:邪魔しない人は大いに手伝っている。

「El que no estorba ayuda mucho」と言った方がわかりやすいと思います。

 

どいた方がいい、という意味です。

 

 

Aunque la mona se vista de seda, mona se queda.

直訳:サルが絹を身に付けてもサルのまま。

再帰動詞が2種類入っています。

 

日本のことわざだと、「豚に真珠」とか「猫に小判」とかですね。値打ちのあるものを与えても意味がないことのたとえです。

 

 

El comal le dijo a la olla.

直訳:メキシコの主食のトルティージャを焼く調理器具・コマルが鍋に言った。

 

自分のことを棚に上げて人に悪口を言っている、という意味です。この言葉はメキシコの有名な歌い手「クリクリ」の「コマルと鍋」という歌の中に出てくる文です。コマルと鍋の、まるで年配の夫婦の大喧嘩みたいな内容の歌詞で、お互いに似た者同士なのに、口汚く罵り合います。とはいえ、動揺なので、子どもたちに非常に愛されている曲です。

 

調理器具・コマルのことを知りたい場合や、夫婦喧嘩の歌を聞いてみたい方は下のリンクをクリックしてみてください。私の雑記ブログへとつながっています。

El comal y la olla

 

 

 

La barriga llena, el corazón contento.

直訳:腹を満たせば心はハッピー。

直訳のままでいいですね。人はお腹いっぱいになると幸せな気分になりますよね。

 

お腹のことは「el estómago」とも言って、こちらの方がよく使います。

 

 

 

En el pecado lleva la penitencia.

直訳:罪の中に償いを携行する。

何か悪い事をしたから罰が当たったんだよ、という意味で使います。

 

 

 

Hijo de tigre, pintito.

直訳:虎の子もまだら。

「pintito」は「pinto(まだら)」に縮小語尾が添えられている形です。小さな虎だからです。

 

日本のことわざで言うと「蛙の子は蛙」や「瓜のつるになすびはならぬ」です。虎の子どもは親と同じまだら模様がある、ということで、親子がそっくりなときに使われます。

 

 

De tal palo, tal astilla.

直訳:この棒からはこの木片。

これも、上の「Hijo de tigre, pintito」と同じような意味です。親と子が何かで似ている、と言いたいときに使われます。いい意味でも悪い意味でも使われます。

 

日本のことわざでは、「この親にしてこの子あり」などもありますね。

 

 

La ociosidad es la madre de todos los vicios.

直訳:ものぐさはすべての悪習の母である。

ものぐさは、すべての悪習の源(始まり)である、という意味です。

 

 

 

 

 

 

 

死に関する言い回し

No tengo ni en qué caerme muerto.

直訳:私は死ぬ場所すらない。

主語が例えば「彼は」だったら、「No tiene ni en qué caerse muerto」となります。バタンと死ぬとき、お金があればベッドの上で死ぬこともできるけれど、家も持ち物もなく、今死んだら野垂れ死にだ、という状況を意味しています。とても貧乏だ、ということです。

 

 

Ya está más pa’lla que pa’ca.

直訳:もう、こっちより、もっとあっちよりだ。

あっちというのは死の世界で、こっちは現世です。つまり、もう死にそうだ、という意味です。

 

 

 

 

こんな言い回しも

Lo metieron al bote.

直訳:彼はドラム缶に入れられた。

「bote」というのがドラム缶などのことで、「el bote de basura」と言えば「ゴミ入れ」という意味ですが、「Lo metieron al bote」とは、「彼は刑務所に入れられた」という意味になります。メキシコらしい言い方だと思います。

 

 

 

Ya me cayó el veinte.      No me cayó el veinte.

直訳:もう、20センタボが私に落ちた。  私に20センタボが落ちなかった。

どういう意味だと思いますか?「Ya me cayó el veinte」は「私はわかった!」という意味で、「No me cayó el veinte」は「私はわからなかった」という意味です。

 

一昔前、携帯電話なんてなかった時代、人々は外出したときに公衆電話を使いました。日本でも、テレフォンカードが出てくる前に、10円玉を入れて電話をかけたりしていました。

 

メキシコでは20センタボのコインを入れて公衆電話で通話していました。それで、その20センタボのコインは、電話機に入れたあと、通話がつながると落ちたのですね。

 

そこから、話の内容がわからなかったのが、わかるようになったときに「Ya me cayó ei 20」と言うようになったのです。

 

それからインフレが激しくなり、1ペソ以下のセンタボがなくなり、公衆電話に入れるお金は5ペソから100ペソまでにもなって、その後、プリペイドカードが導入されるようになりました。それが1980年代終わりごろの話です。

 

今は携帯電話が普及して、公衆電話を使うこともほとんどなくなっています。メキシコの若い人たちも、「もうわかった」とか「わからなかった」という表現にどうして「Ya me cayó el veinte」や「No me cayó el veinte」という言い回しを使うのか、知らない人が沢山いると思います。

 

機会があったら、メキシコ人に、この表現の由来を教えてあげてください。

 

 

 

Como perros y gatos.

直訳:犬や猫のよう。

日本では「犬猿の仲」という言葉があって、犬と猿ですが、スペイン語では犬と猫です。犬と猫のようにいつも喧嘩ばかりしている、という意味です。

 

 

Dile a tu mamá que te de un tenmeacá.

直訳:お母さんにテンメアカをもらえるように言いなさい。

「Dile」というのは「彼女(彼)に言いなさい」という命令形です。お母さん(tu mamá)の部分はおばあさん(tu abuelita)などに変えることができます。

 

大人が子どもを追い払いたいときに言うセリフです。「tenmeacá(テンメアカ)」という言葉は存在しません。でも、「Tenme acá(テンメ アカ)」という文は「私をこっちに置いておいて」という意味です。子どもはその文をひっつけて言われると、何か「テンメアカ」というおいしいものか面白いものがあるのかと思って、その場を離れるわけです。

 

昔はビデオゲームなど、子どもの気を逸らせておくものがあまりなかったので、大人にまとわりついて、こんなセリフを言われたりしていたのでしょう。こういう言葉はだんだん消えていってしまうかもしれませんね。悲しいです。

 

 

 

Ve a ver si ya puso la totola.

直訳:七面鳥の雌がもう卵を産んだか見に行ってきなさい。

こちらも上の「テンメアカ」の文と同じように、まとわりついている子どもを追い払うときに言うセリフです。

鳥を飼っていなくても使うとのことです。「あっち行きなさい」とダイレクトに言うより、こういう言い方をした方がやんわりしているのかもしれません。昔は本当に七面鳥を飼っていたのでしょうけれど。

 

 

 

スペイン語のことわざ・名言・言い回し・まとめ

メキシコでよく聞かれたスペイン語のことわざや名言、言い回しを22個ほどご紹介しました。

 

気に入っていただけましたら、こちらのブログにも更にスペイン語のことわざなど載せていますので見てみてください!↓

更なるスペイン語のことわざ

 

 

99. La nube y la duna(雲と砂丘)日本語訳・スペイン語のお話

目安時間:約 23分

心がほっとするスペイン語のお話を読んでみてください。日本語訳は下に記載しています。

 

 

雲と砂丘・スペイン語のお話

 

LA NUBE Y LA DUNA. Paulo Coelho.

Una joven nube nació en mitad de una gran tempestad en el mar Mediterráneo. Pero ni siquiera tuvo tiempo de crecer allí: un fuerte viento empujó todas las nubes hacia África. Sólo que, al llegar al continente, el clima cambió: un sol generoso brillaba en el cielo y debajo se extendía la arena dorada del desierto del Sahara.

Como a las nubes jóvenes les ocurre lo mismo que a los jóvenes humanos, nuestra nube decidió separarse de sus padres y de sus amigos de infancia para correr mundo.

- ¿Qué estás haciendo? -se quejó el viento-. ¡El desierto es siempre igual! ¡Vuelve a la formación y vamos al centro de África, donde hay montañas y árboles deslumbrantes!

Pero la joven nube, rebelde por naturaleza, no obedeció; después de mucho pasear, se dio cuenta de que una de las dunas le sonreía. Vio que también ella era joven, recién formada por el viento que acababa de pasar. En ese mismo instante se enamoró de su cabellera dorada.

- Buenos días -le dijo-. ¿Cómo es la vida allí abajo?

Tengo la compañía de las otras dunas, del sol, del viento y de las caravanas que de vez en cuando pasan por aquí. A veces hace mucho calor, pero se puede aguantar. ¿Y cómo se vive por ahí arriba?

- También están el viento y el sol, pero la ventaja es que puedo pasear por el cielo y conocer muchas cosas.

Para mí, la vida es corta -dijo la duna-. Cuando el viento regrese de los bosques, desapareceré.

- ¿Y eso te entristece?

- Me da la impresión de que no sirvo para nada.

- A mí me pasa lo mismo. En cuanto sople un viento nuevo, me marcharé hacia el sur y me transformaré en lluvia. En cualquier caso, ése es mi destino.

La duna caviló un poco y, al cabo, dijo:

- ¿Sabías que, aquí en el desierto, nosotros llamamos a la lluvia "el Paraíso"? He escuchado varias leyendas de las que cuentan las viejas dunas. Ellas dicen que, después de la lluvia, nosotras nos quedamos cubiertas de hierba y de flores. Pero nunca sabré lo que es eso, porque en el desierto es muy raro que llueva.

- Si quieres, yo puedo cubrirte de lluvia. Aunque acabo de llegar, ya estoy enamorada de ti, y me gustaría quedarme aquí para siempre.

- Nada más verte por primera vez en el cielo, yo también me enamoré -dijo la duna-, pero si transformas tu linda cabellera blanca en lluvia, acabarás muriendo.

El amor nunca muere -dijo la nube-. Apenas se transforma; y yo quiero mostrarte el Paraíso.

Y se puso a acariciar a la duna con pequeñas gotas, durante mucho tiempo, hasta que apareció el arco iris. Al día siguiente, la pequeña duna estaba cubierta de flores. Otras nubes que pasaban en dirección al centro de África pensaban que eso era parte del bosque que estaban buscando y dejaban caer más lluvia. Veinte años más tarde, aquella duna se había transformado en un oasis, donde los viajeros se refrescaban a la sombra de los árboles.

Todo porque, un día, una nube enamorada no había tenido miedo de dar su vida por amor.

Paulo Coelho

引用元:LA NUBE Y LA DUNA

 

 

La nube y la duna砂丘)日本語訳

 

Una joven nube nació en mitad de una gran tempestad en el mar Mediterráneo. 若々しい雲が地中海で大嵐の中、生まれた。
Pero ni siquiera tuvo tiempo de crecer allí: しかし、そこで育つ暇すらなかった。
un fuerte viento empujó todas las nubes hacia África. 強風がすべての雲をアフリカの方へ押しやった。
Sólo que, al llegar al continente, el clima cambió: ただ、大陸へ着くと気候が変わった。
un sol generoso brillaba en el cielo 寛容な太陽が空に輝き、
y debajo se extendía la arena dorada del desierto del Sahara. 下にはサハラ砂漠の金色の砂が広がっていた。

 

Como a las nubes jóvenes les ocurre lo mismo que a los jóvenes humanos, 若い雲にも、人間の若者と同じことが起こるので、
nuestra nube decidió separarse de sus padres y de sus amigos de infancia para correr mundo. 私たちの雲も世界を旅するために、親や幼い頃からの友達と別れる決心をした。
- ¿Qué estás haciendo? -se quejó el viento-. 何をしてるの?と風が不平を言った。
 ¡El desierto es siempre igual! 砂漠はいつも同じだよ!
¡Vuelve a la formación y vamos al centro de África, みんなの所に戻って、アフリカの中央に行こうよ!
donde hay montañas y árboles deslumbrantes! 輝かしい山々や木々のあるところへ!

 

Pero la joven nube, rebelde por naturaleza, no obedeció; しかし、聞かん気の強い、若い雲は言うことを聞かなかった。
después de mucho pasear, se dio cuenta de que una de las dunas le sonreía. 沢山見て歩いた後、砂丘の一つが微笑んでいることに気が付いた。
Vio que también ella era joven, 彼女もまた若者であるのが見てとれた、
recién formada por el viento que acababa de pasar. 通り過ぎたばかりの風によって形成されたばかりの。
En ese mismo instante se enamoró de su cabellera dorada. その瞬間、彼女の金色の髪に恋をした。

 

- Buenos días -le dijo-. おはよう、と彼女に言った。
 ¿Cómo es la vida allí abajo? そっちの下の方の暮らしはどんななの?
Tengo la compañía de las otras dunas, del sol, del viento 私は他の砂丘や太陽、風と一緒です、
y de las caravanas que de vez en cuando pasan por aquí. 時折この辺りを通る旅人の一団とも。
A veces hace mucho calor, 時々すごく暑いです、
pero se puede aguantar. でも我慢できます。
¿Y cómo se vive por ahí arriba? それで、そっちの上の方ではどのような暮らしですか?
- También están el viento y el sol, 風と太陽はこちらにもいるよ、
pero la ventaja es que puedo pasear por el cielo だけど、こちらのいい所は空を散歩できて、
y conocer muchas cosas. 沢山のことを知れることかな。

 

Para mí, la vida es corta -dijo la duna-. 私にとって命は短いです、と砂丘が言った。
Cuando el viento regrese de los bosques, desapareceré. 森から風が戻ってきたら、私は消えてしまうでしょう。
- ¿Y eso te entristece? それで、そのことが君を悲しませるの?
- Me da la impresión de que no sirvo para nada. 私は何の役にも立たないという気がするんです。
- A mí me pasa lo mismo. 僕にも同じことが起こるよ。
En cuanto sople un viento nuevo, 新しい風が吹いたらすぐに
me marcharé hacia el sur 僕は南の方へ立ち去るだろう、
y me transformaré en lluvia. そして僕は雨になるんだ。
En cualquier caso, ése es mi destino. どっちにしろ、それが僕の運命なんだ。

 

La duna caviló un poco y, al cabo, dijo: 砂丘は少し物思いに耽ってからついに言った:
- ¿Sabías que, aquí en el desierto, あなたは知っていますか?ここ、砂漠では、
nosotros llamamos a la lluvia "el Paraíso"? 私たちは雨のことを「楽園」と呼ぶのですよ。
He escuchado varias leyendas de las que cuentan las viejas dunas. 私は、年老いた砂丘たちが語るいくつかの伝説を聞いたことがあります。
Ellas dicen que, después de la lluvia, 彼女達が言うには、雨の後、
nosotras nos quedamos cubiertas de hierba y de flores. 私たちは草と花に覆われるのです。
Pero nunca sabré lo que es eso, でも、それがどんなものかを私が知ることは決してありません、
porque en el desierto es muy raro que llueva. なぜなら、砂漠で雨が降るのはとてもまれだからです。

 

- Si quieres, yo puedo cubrirte de lluvia. 君が欲するなら、僕は君を雨で覆うことができるよ。
Aunque acabo de llegar, 来たばかりだけど、
ya estoy enamorada de ti, もう僕は君に恋してるんだ、
y me gustaría quedarme aquí para siempre. だからずっとここにとどまることができればと思う。
- Nada más verte por primera vez en el cielo, 空にあなたを初めて見ただけで、
yo también me enamoré -dijo la duna-, 私も恋に落ちました、と砂丘が言った。
pero si transformas tu linda cabellera blanca en lluvia, でも、あなたの素敵な白い髪を雨に変身させたら、
acabarás muriendo. あなたは死んでしまうでしょう。

 

El amor nunca muere -dijo la nube-. 愛は決して死なないよ、と雲が言った。
Apenas se transforma; 変身してすぐ;
y yo quiero mostrarte el Paraíso. それで僕は君に楽園を見せてあげたいんだ。
Y se puso a acariciar a la duna con pequeñas gotas, durante mucho tiempo, そして長い間、小さな雨のしずくで砂丘を愛撫した、
hasta que apareció el arco iris. 虹が出るまで。
Al día siguiente, la pequeña duna estaba cubierta de flores. 翌日、小さな砂丘は花で覆われていた。
Otras nubes que pasaban en dirección al centro de África アフリカの中央へ向かって通り過ぎていく他の雲たちは、
pensaban que eso era parte del bosque que estaban buscando それが、彼らが探していた森の一部だと思って
y dejaban caer más lluvia. 更なる雨を落としていった。

 

Veinte años más tarde, それから20年後、
aquella duna se había transformado en un oasis, あの時の砂丘はオアシスに変身していた、
donde los viajeros se refrescaban a la sombra de los árboles. 木陰で旅人達が涼をとるオアシスに。
Todo porque, un día, それがなぜかと言えば、とある日に、
una nube enamorada no había tenido miedo de dar su vida por amor. 恋をした雲が、愛のために自分の命を捧げることを恐れなかったから。

 

 

 

 

 

La nube y la dunaの日本語訳・まとめ

日本語訳は直訳にせず、日本語でのお話の流れがきれいになるように気を付けて訳しました。

 

作者のPaulo Coelhoはブラジルの人で、ポルトガル語圏の方です。「La nube y la duna」のスペイン語はとてもわかりやすくてきれいなスペイン語なので、スペイン語の学習に適しています。

 

使える表現もたくさんあるのでスペイン語会話の参考にしてください。ちなみに、「cabellera(髪)」というのは、メキシコでは使わず、「cabello」という言葉を使います。

 

「雲と砂丘」のお話、お楽しみいただけたら幸いです。

 

 

77. スペイン語の早口ことば7選・できるかな?

目安時間:約 7分

スペイン語の早口ことば7選です。早く言えてもいえなくても楽しんでください!巻き舌の早口ことばもあるし、スペイン語の勉強になるはずです。

 

 

Trの発音の練習

Tres tristes tigres 3頭の悲しい虎たち
tragan trigo en un trigal. 小麦畑小麦貪り食う。

 

ミママメミマ

Mi mamá me mima 私のお母さん私を甘やかす
y yo mimo a mi mamá. そしては私のお母さん甘やかす。

 

mimarは「かわいがる」という意味もあります。

 

巻き舌の練習

El perro de San Roque サン・ロケ
no tiene rabo しっぽない
porque Ramón Ramírez なぜならラモン・ラミーレスが
se lo ha cortado. 切っちゃったから。

 

San Roqueというのは地名です。

 

かばのしゃっくり

El hipopótamo Hipo かばのイポは
está con hipo. しゃっくりをしている。
¿Quién le quita el hipo がしゃっくりを取るの?
al hipopótamo Hipo? かばのイポから。

 

 

早口ことば

Un trabalengüista 1人の早口ことば士
muy trabalenguado とても早口ことばに長けた人が
creó un trabalenguas 一つの早口ことば創った
muy trabalenguoso. とても難しいのを。
Ni el mejor trabalengüista 一番すごい早口ことば士も
ni el más trabalenguado 早口ことばに一番長けている人も
pudo trabalengüear 早口ことばができなかった
aquel trabalenguas あの早口ことば
tan trabalenguoso. そんなにも難しいものを。

 

早口ことばのことをスペイン語で「trabalenguas」と言います。他の言葉「早口ことば士」や「早口ことばに長けた」、「難しい」などと訳してあるものは言葉遊びで創作されたものです。

 

「Ni~ni~pudo」は「~も~もできなかった」という意味です。

 

 

lの発音の練習

Nadie silva como silva Silvia, 誰もシルビアが口笛を吹くようには吹けない
y si alguien silva como silva Silvia, それでもし誰かがシルビアが口笛吹くように吹いたら
es porque Silvia le enseñó a silvar. それはシルビアが口笛を吹くことを教えたからだ

 

 

じゃが芋

Pepe Pecas pica papas con un pico, ぺぺ・ペカスはつるはしじゃが芋切り刻む
con un pico pica papas Pepe Pecas. つるはしでじゃが芋を切り刻む、ペペ・ペカスは。
Si Pepe Pecas pica papas con un pico, もしペペ・ペカスがつるはしでじゃが芋を切り刻むなら、
¿dónde está el pico con que そのつるはしはどこにあるんだ?
Pepe Pecas pica papas? ペペ・ペカスがじゃが芋を切り刻むそれは。

 

Pecasというのは「そばかす」という意味ですが、ここでは名字として扱われています。「Pepe」というのは男性の名前「José」の愛称です。

 

 

スペイン語の早口ことば7選・まとめ

スペイン語の早口ことば7選、いかがでしたでしょうか?楽しんでいただけましたでしょうか?どれか好きなのはあったでしょうか?どれが難しかったでしょうか?

 

 

68. シエリトリンドの歌の意味・アイアイアイアイと繰り返す理由

目安時間:約 8分

今回はメキシコの有名な曲、シエリトリンドの歌の意味をひも解いていきます。さびの部分「アイアイアイアイ」と「アイ」を4回も繰り返しているのにはどういう意味があるでしょうか?その説明も後程解説いたします。

 

 

シエリトリンドの意味

まずタイトルのシエリトリンドはスペイン語で「Cielito lindo」と書きます。歌詞の中にも頻繁に出てきます。「Cielito」は「Cielo(空)」に縮小語尾が付け加えられている状態です。

 

「Cielo」の最後の「o」を取って縮小語尾「ito」を付け加えて「Cielito」となって愛情が込められた言い方になっています。

 

「lindo」は形容詞で「Cielito(空)」にかかっています。「美しい」とか「かわいい」という意味です。だから「Cielito lindo」で愛情を込めて「美しい空」…

 

でも別に空を見上げて「美しい空よ」なんて言っているわけではありません。この場合、かわいい女性に向かって「Cielito lindo」と呼んでいるのです。スペイン語圏の人たちはかわいい女性を呼ぶときに、ありとあらゆる素敵な修飾形容詞や名詞を使う習性があるんですね…

 

 

シエリトリンドの歌の意味

Ay, ay, ay, ay そんなに泣いて…
Canta y no llores 泣かないで歌を歌ってごらん
Porque cantando se alegran, だって歌を歌えば陽気になるから
Cielito lindo, los corazones がね、かわいい人

 

De la Sierra Morena, モレナ山脈から
Cielito lindo, vienen bajando 下りてくるんだ、かわいい人よ、
Un par de ojitos negros, 黒いつぶらな瞳
Cielito lindo, de contrabando 山賊がね、

 

Ese lunar que tienes, 君のそのほくろ
Cielito lindo, junto a la boca のそばにある、ねえ、かわいい人、
No se lo des a nadie, それを誰にもあげないで
Cielito lindo, que a mí me toca 僕のものだから

 

Ay, ay, ay, ay そんなに泣いて…
Canta y no llores 泣かないで歌を歌ってごらん
Porque cantando se alegran, だって歌を歌えば陽気になるから
Cielito lindo, los corazones がね、かわいい人

 

こちらのブログにアナガブリエルが歌うシエリトリンドを載せてあります(筆者の雑記ブログです)。

 

 

シエリトリンドの歌の意味解説

この歌の状況は、ワンワン泣きじゃくっているかわいい女性に対して、「もうそんなに泣かないで、起こってしまった出来事のことは忘れて、歌でも歌って気を晴らそうよ」となぐさめているという場面です。

 

なんでワンワン泣いているかというと、追剥にやられたんですね、かわいい女性が。お財布も大きな荷物も指輪もネックレスも全部持っていかれてしまったかもしれません。

 

ところはスペインのモレナ山脈(シエラ・モレナ)、荒涼とした山脈は山賊の住み家となっていて、そこを通る旅人はよく、かわいい目をした女の山賊に身ぐるみはがされて泣かされるという事例が昔はあったそうです。

 

シエリトリンドの歌を1882年に世に広めたのはメキシコ人のキリノ・メンドサ(Quirino Mendoza)ですが、彼はスペインに昔からあった歌を拾ってきて、磨きをかけてメキシコで公表したのですね。だから、歌のシナリオはスペインのモレナ山脈なのです。

 

歌詞を訳すときは、「Cielito lindo」を全部消すと意味がわかりやすくなると思います。

 

さて、さびの部分「Ay, ay, ay, ay」の「Ay」は「まあ!」という感じの感嘆詞です。「Ay」一つだけの場合は大抵後に何か文が加わります。「まあ、なんてきれいなお花でしょう」といったいい意味で使われることもありますし、「まあ、なんてひどい話でしょう」といった悪い話にも使われます。

 

「Ay」が連発されている場合(このシエリトリンドのような場合)はいい意味ではなくて、悪い方、「困った」ときに使われます。シエリトリンドの歌のシーンでは、女性が全然泣き止まなくて困ってしまって発せられている言葉です。

 

ちなみに、別に覚える必要はないですが、「Ay, ay」と2回言うことはないです。「Ay, ay, ay」と3回言うことはあります。「Ay, ay, ay, ay」と4回言うこともあり、「Ay, ay, ay, ay, ay」と5回言うこともあります。「Ay, ay, ay, ay, ay, ay」と6回言うこともあることはあります。それ以上はないでしょう。長すぎます(笑)。「困ったもんだ」という意味です。

 

「Un par de」というのは「一対の」という意味です。目は二つありますから。「ojo」は「目」という意味で二つだから複数になって「ojos」です。それに縮小語尾が付け加わって「ojitos」となります。この場合「小さい目」という意味ではなくて「魅惑的な目」という意味です。

 

「contrabando」というのは「密売」のことですが、ここでは「悪党」や「山賊」と訳す方が適当です。

 

「a mí me toca」というのは「私の番だよ」というときによく使われる表現です。

 

 

シエリトリンドの歌の意味・まとめ

悲嘆にくれている人に「元気を出して」と励ましている素敵な歌です。実際、歌うと元気が出てきます。

 

メキシコの海岸のレストランなどで食事中、マリアッチが寄ってきたら、是非、このシエリトリンドをリクエストして歌ってもらってみてください。自分で歌えればもっと楽しいです!

 

 

47. メキシコの誕生日の歌「ラス・マニャニータス」の歌詞と意味

目安時間:約 6分

ここでは、メキシコの誕生日の歌「ラス・マニャニータス(Las Mañanitas)」の歌詞とその意味を見ていきます。メキシコでは、お誕生日には普通、ケーキを食べる前に歌います。

 

ラス・マニャニータス(Las Mañanitas)の歌詞と意味

 

Éstas son las mañanitas これらはすがすがしい朝の歌
que cantaba el rey David. ダビデ歌っていた
Hoy, por ser día de tu santo, 今日君の誕生だから
te las cantamos a ti. 僕たちは君にそれを歌うよ
Despierta, mi bien, despierta. 目を覚まして、愛する人、目を覚まして
Mira que ya amaneció. 見てごらん、ほらもう夜は明けたんだよ
Ya los pajaritos cantan. もう小鳥たちは歌っている
La luna ya se metió. はもう沈んでしまったよ

 

「La mañana」というのは「朝」という意味です。「La mañanita」というのは「朝」に縮小語尾が付け加えられた形でこの場合、朝に対して愛情が込められています。「Las mañanitas」というのは、その複数形です。

 

「これらは、ダビデ王が歌っていたラス・マニャニータスです」ということで、ここではラス・マニャニータスを「すがすがしい朝の歌」と訳しました。歌の状況としては、好きな女性のお誕生日の朝に、女性の窓辺に来て歌を捧げている(セレナーデ)という感じです。ちなみにセレナーデのことをスペイン語ではserenata(セレナータ)と言います。

 

好きな女性のお誕生日の朝に、マリアッチの楽団を率いて彼女の窓辺に歌を捧げにきている男性を想像していただけるとありがたいです。ついでに、メキシコの家の窓には泥棒が入らないように鉄格子(rejas)が付いているのも想像していただけますか?

 

さて、ダビデ王とは、紀元前1,000年位の聖書に出てくるイスラエルの王様のことですよね?メキシコで最もポピュラーな歌に、なんでイスラエルの王様が出てくるのでしょうか?

 

ダビデ王のときは王国も繁栄して、理想的な王様だったそうですが、それだけでなく、この王様、詩も書いて、詩を書いたら家来たちに毎朝歌っていたとか。でも、ラス・マニャニータスを歌っていたかどうかは疑わしいですよね。

 

この「Las mañanitas」という歌、19世紀には確かにあった形跡が残っていて、でもそのときには歌詞に「el rey David」は入っていなかったそうです。

 

その後、1914年、メキシコ人のManuel Ponceがこの歌を編曲して世に広めることに貢献したようで、このManuel Ponceが歌詞を変えたんじゃないかという意見もあってありえるかな、と思っています。

 

それから、お誕生日のことはスペイン語で「cumpleaños」と言います。「día de tu santo」というのは「君の聖人の日」です。キリスト教圏の人たちは大抵、聖人(santo)の名前が付いています。自分の名前の日というのがあって、(例えばdía de San Pedroとか día de San Angel とかdía de Santa Martaなど)お祝いをします。

 

昔は、生まれた日の聖人の名前をその赤ちゃんの名前にしていたのかもしれません。だからお誕生日と名前の日が同じ日だったのかもしれません。今はお誕生日と名前の日と両方祝う人もいますが、お誕生日だけ祝う人の方が大半だと思います。

 

「cantamos」と「cantan」が出てきますね。動詞cantar(歌う)の現在形です。

 

「pájaro」というのは鳥のことで、その言葉に縮小語尾が付いた形が「pajarito」です。この場合、「小さい」という意味が加わって「小鳥」という意味になります。

 

「mi bien」というのは「愛する人」と訳しましたが、普段は使われません。

 

「se metió」というのは「入り込んだ」という意味です。

 

 

メキシコの誕生日の歌・まとめ

メキシコではお誕生日にはこの「Las mañanitas」の歌を歌います。まだ勉強していない、点過去や線過去なども出てきますが、どんな意味なのかわかっていただけたならうれしいです。

 

 

 

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サイト管理人MC(めひ・ここ)プロフィール

サイト管理人MC(めひ・ここ)です。

メキシコ市にあるUNAM大学外国人コースでスペイン語を学んだあと、メトロポリタン自治大学医用工学部に入学、卒業後は医用工学技士としてメキシコで仕事をしました。

その間、メキシコに滞在中の日本人の方たちに長年家庭教師としてスペイン語を教えてきました。

メキシコ人の夫との間に二人の子どもがいます。

メキシコには13年間住みました。メキシコ大好き、スペイン語大好きなめひ・ここです!

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